『ザ選挙』編集長 高橋茂
注目の佐賀県知事選挙は、激戦を制して山口祥義(よしのり)氏の当選となった。この選挙は保守層が分裂し、自民党本部と公明党は、改革派で知名度のある樋渡(ひわたし)啓祐氏を擁立し前半は有利に進めていたが、自民党の農業政策や樋渡氏自身に反感を持っている地元首長や議員、農業関係者などが元総務省職員の山口氏を擁立・支援し、徐々に追い上げ、終盤でついに逆転した。
選挙結果(ザ選挙)
目次
自民党は国政並みの支援体制を敷き、毎日大物が来県して樋渡氏の応援を行った。自民党がこの戦いを落とせないのは、佐賀県が再稼働を予定している玄海原発を抱えているのに加え、これから行う農業改革を進めるためにも国政に転出した古川康知事の後継者を据える必要があったからだ。しかも、昨年は滋賀県知事選挙と沖縄県知事選挙で国政並みの支援をした候補を落としてしまっているので、3連敗は免れたい。
そこで白羽の矢を立てたのが、改革派で有名な武雄市長の樋渡氏だった。市の公式サイトをFacebookにしてしまったことで全国的な話題を呼び、公立図書館を民間が運営するといった度肝を抜くような政策を次々と進め、武雄市の知名度を一躍全国区にした手腕は高く評価されている。そして原発推進派だった古川康氏の後継者は、そのまま自民党の政策を進めてくれる人物でないといけない。そこで自民党は樋渡氏にかけた。
しかし、この戦略は「知名度が高い=当選確率が高い」ということだけにすがったものであり、それが活かされるのは地元も一体となって戦う場合に限るということを考えていたのかどうか。地元の樋渡氏擁立に反対の勢力は山口氏を支援し、劣勢からの挽回を図った。
佐賀県知事選、なぜ「保守分裂」選挙なのか?― 内山融・東京大学大学院教授(THE PAGE)
自民党本部は連日大物幹部を佐賀に送り込み、徹底的に支援を行ったが、それは同じく地元の反発を買うことにも繋がって行く。
知事選3連敗か 安倍自民が推す“佐賀の橋下徹”の嫌われ方(日刊ゲンダイ)
選挙は、中央の押し付けに地元が反発したような構図となった。
『ザ選挙』が衆院選から始めた「モギ投票」では、最初から山口氏がリードしていた。「モギ投票」は選挙区や年齢に関わらず誰でも投票できる。しかも登録も必要ないため、実際の選挙を占うものではなく、遊び的な要素が強い。しかし、結果を見てみると、首長選挙においては8割以上の確率で実際の選挙結果と同じ結果が出ている。
正確性の問われる情勢調査(RDD方式)では、告示日にはリードしていた樋渡氏は、徐々に差を詰められて最後には逆転された。知名度や著名な自民党幹部の応援よりも、地元の「草の根」が強かったと言える結果となった。
なぜ毎日大物が応援演説をしているのに、票につながらないのか。
昨年の東京都知事選挙を思い起こしてみるとよくわかる。毎回数千人の聴衆を集めていた細川・小泉コンビは、演説しても閑散としていた舛添氏に大差を付けられた。演説を直に聞けるのは有権者の一部であり、そこから支持を広めていって票につなげるのは地元支持者の地味な活動でしかないのである。今回、関心を惹くことに効果はあっても、本来それを広める役割を担う人たちが山口氏支持であれば、大物の応援はかえってマイナスにしかならない。
しかも樋渡陣営は、選挙後半で安倍首相の投票依頼メッセージを電話で有権者に流し始め、それが逆に反感を買うこととなった。
有権者怒り! 佐賀知事選で安倍首相の肉声録音“迷惑”電話(日刊ゲンダイ)
このオートコールの手法は、本来であれば候補者本人の声で、録音であることを最初に説明してから流さないと迷惑電話となってしまうため、ノウハウのない者が行うと逆効果となる。しかも、安倍内閣の支持が高いのは「他に選択肢がない」という理由が半分近くあるからで、決して安倍首相に人気があるからではない。直接関係ない首相からの録音メッセージが流れてきても、それがそのまま樋渡氏の支持につながることは無い。しかし、こんな簡単なことが樋渡陣営にはわからなかった。
自民党としては、国会議員となった古川康元知事を通じて、新知事がオスプレイ乗り入れ、原発再稼働、農協改革を行ってくれることを想定していたのだろう。しかし、地元の反発を読めず、稚拙な電話戦術や広がりに欠ける大物投入が反感をさらに買い、逆に対立候補支持の火を点けることとなった。
新知事が国の政策に対してどのような方針を立てるのか、まだ未知の部分もあるが、今回の選挙で確実に中央と地元の亀裂は深まっている。国の「上から目線」の指示をそのまま呑むとは思えない。自民党にとっては、昨年の滋賀、沖縄に続いて痛い敗戦となった。4月に行われる統一地方選挙への影響も決して少なくない。
この県知事選挙は、ただ自民党推薦候補が負けたというだけでなく、今後の安倍政権への影響や統一地方選挙の戦略を考えた上でも非常に注目すべき選挙であった。
筆者:高橋茂
『ザ選挙』編集長。電子楽器のエンジニアから2000年の長野県知事選挙を経て、政治家の情報発信の専門家となり現在に至る。株式会社VoiceJapan代表取締役、株式会社世論社代表取締役。武蔵大学社会学部非常勤講師。政治家やNPOなどの活動サポートの傍ら執筆、講演など活動は多岐にわたる。
現在、Facebook上にて会員制オンラインサロン『ザ選挙サロン』を運営している。
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