「今の世の中は、近現代よりも中世に近いのかもしれない」
こう言っていたのは私の恩師である。
「未来は明るい」という発想は、中世には存在しなかった。従うべきは偉大な先人たちの先例であり、戻るべきは古代だった。
一億総中流社会と呼ばれたあの時代から40年経つ。今の日本はぞっとするほどの格差社会が固定されつつあり、政治はご覧の通り戦争に近づいている。こんな状況で、本当に未来に希望を抱いている人がどれだけいるだろうか?
「去年の私が今の私を見たら、『この社会に希望が持てるようになって良かったね』っていうと思います」
10月12日未明に放映されたテレビ朝日のドキュメンタリー「デモなんて」冒頭の、SEALDs KANSAIメンバー・大澤茉実さん(21)によるスピーチだ。
音大に入るという親の期待に応えられず、アニメとアイドルの世界に没頭して生きていた大澤さんは、東日本大震災をきっかけにして政治について考えるようになったという。両親も兄も安保法案には賛成の立場だが、彼女は地元と国会前を行き来し続けた。
「民主主義が始まった」という彼女の言葉は、きっと「今まで政治に関わろうとしなかった若者たちが、政治と社会について考えて行動するようになった」という変化のことを言っているのだと思う。番組が焦点を当てていたのもその部分で、希望とは若者の意識の変化が未来を明るく導くかもしれない、そういうことなのだろう。
これはエネルギーだ。
今まで政治について関心を払わなかった人が、秘密保護法や安保法案をきっかけにして視界を広げたことは、間違いなく尋常でないことだと思う。学生運動世代で占められていたデモの最前線に、学生たちが立って叫んでいた。だからなんだと言われるかもしれないけれど、この光景は「普通」じゃない。
私は1995年生まれである。1995年はいうまでもなく地下鉄サリン事件の年であり阪神淡路大震災の年だ。幼稚園を出るときには9.11が起き、中学を出るときには東日本大震災が起きた。生まれてから一度も、「好景気」という状態を甘受したことがない。受けた教育は最後にして最大級に「ゆとられた」ものであり、大人たちからは馬鹿にされた。
私たちどうしようもないね。1995年生まれの間には、無言のうちにそういう記憶が共有されているように思う。実感も自覚もなくても、1995年という数字に何か乾いた諦めを持っている。
友達と積極的に政治について語ることはない。政治については「よく分からない」のが「普通」だから。普通でないということは、群衆からあぶれるということだからだ。群衆からはみ出すことのために使うエネルギーなんか、私たちには残されていない。
「大人への怒り」。ドキュメンタリーの中で、私と同い年の斎藤凛さんがそう言っていた。ネットでSEALDsを知り、単独で参加を決めたという彼女の言葉は切実だった。自分たちが生きている間は大丈夫だろう、そう言って目先の経済のために戦争法案や原発が簡単に許されていってしまう。政治家の未来への無責任に怒っている。
正しいと思った。そう、怒って良いのだ。怒る権利がある。自分に降りかかる不条理に、これはおかしいじゃないかと声をあげることは間違いではない。
怒りは日常を乱す強い感情だ。「何があっても怒らない人」という言葉が美徳の文脈で語られるように、調和するための人間関係の上では好ましくない。
しかし、怒る前に諦めることを繰り返していたら、何が起きるだろう? いくらデモをしても、即座に政治をひっくり返すことは出来ない。政治に私たちが影響を与えることは簡単じゃない。それを一番わかっているゆとり世代が、周囲から奇異の目を向けられてもデモをするのは、何よりも自分達が今後の社会を支えなければいけないという自負に目覚めたからではないのか。
見ないふりをしてきたことにアプローチして、建設的な方向に動いていこうとする、そういう一連の行為を、なんとなく諦めながら生きている1995年生まれ前後の「ゆとり世代」が始めたということは、間違いなく希望なのだ!
だがこの希望も社会全体の話ではない。そりゃあ、政治に関心を持つ若者の数は3年前4年前より遥かに多いだろう。でも、私から見れば、「ここまでムーブメントがあってもまだ動かない人が大勢いる」という状況が辛く思われる。秘密保護法や安保で目覚めたわけではない私自身は、特に変化の兆しも将来への希望もない。
今の日本は中世に似ている。冒頭の言葉を、私はひしひしと実感している。将来の自分の子供の世代がどうなるかとか、私は想像していない。したくないからだ。明るいものが見えないからだ。自衛隊は戦場に送られてしまうのか? 透明でない政治がまかり通る中、この先どうなってしまうのか?
希望を持ったとして、そこからどうするのだろう。SEALDsが見せてくれた希望の裏には、まだ何も望めない絶望がある。
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